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兵庫県立障害者スポーツ交流館

あゆみ

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 兵庫県では、東京パラリンピック(昭和39年)以降、リハビリテーションの一環として兵庫県立総合リハビリテーションセンターで障害者スポーツが導入されました。これは全国でも先駆的な取組みでした。

 当時、管理・運営についてはまさに試行錯誤の連続でした。障害をもつ方の身体状況、意識、さらに障害者スポーツの定義から考えなければならない時期でもありました。また、今も継続する「リハビリ体育」と「社会体育」の業務展開は、施設から地域へ連動されるシステムとして有効な環境であったと自負しています。

 そして、「社会体育」業務の障害者優先スポーツ施設として、利用促進の目的である事業を興す第一歩として、「体育館竣工記念第1回のじぎく杯争奪車いすバスケットボール大会」をスタートさせました。この「自前の玉津方式」は、ひとを育て組織を創り、体育指導課が牽引力となって事業(年間約40の大会、教室等)を計画・実施し、県内約60のクラブや競技団体を育成してきました。この精神は今も生き、県内外の関係機関・団体から評価されているところです。

 その運営内容は体育館で利用者を受け入れることから始まり、室内スポーツは当然ながら屋外スポーツ(海水浴、キャンプ、スキー、野球、アーチェリーなど)への挑戦、文化サークル(書道、手話、絵画)の環境づくり、地域出前のスポーツ教室、指導者・ボランティアの養成等の研修機能とコーディネイト、各種競技団体の育成と一般スポーツ機関を連結させた効果的なスポーツイベント事業の推進、県下の関連施設と機関の組織化(兵庫県障害者スポーツ協議会)、関係研究会の招致、わが国初の障害者スポーツカレンダーの発刊やトリム推進事業の実施等は近年話題となる「生涯スポーツ」のはしりでもありました。

 一方、多くのパラリンピック選手も輩出してきました。兵庫県下の障害者スポーツの振興を目的とする財団法人兵庫県障害者スポーツ協会の一翼を担い、ますます期待と責任が求められるものと考えます。

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